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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)666号 判決

控訴人 被告 志賀武彦

訴訟代理人 安田覚治 外一名

被控訴人 原告 志賀孝尾

訴訟代理人 服部喜一郎

主文

一、原判決中別紙図面記載の土地(現況山林、実測地積七畝二八歩)についての被控訴人の所有権確認請求を認容した部分を左のとおり変更する。

別紙図面記載の土地(現況山林実測地積七畝二八歩)に生えている杉立木は、被控訴人の所有であることを確認する。

被控訴人その余の請求を棄却する。

二、控訴人その余の控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、当事者双方各その一を負担するものとする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出、援用、認否は、控訴人が、「仮に被控訴人が、その主張するように、時効によつて本件係争地の所有権を取得したとしても、被控訴人は、その旨の登記を経由していないのであるから、右時効取得をもつて第三者である控訴人に対抗できないものである。」と述べ証拠として、原審での控訴本人第三回尋問の結果、当審証人伊藤久太郎、斎藤和三郎、斎藤政雄の各証言および当審での控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人が原審での被控訴本人第三回尋問結果および当審での被控訴本人尋問の結果を援用したほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人は、「別紙図面記載の土地は、福島県安積郡湖南村大字福良字雷神下八、六五三番の一八山林一五歩であつて、被控訴人の父志賀類助が昭和二年八月一三日国から払い下げを受けてその所有権を取得し、昭和三一年七月一二日同人の死亡により被控訴人が相続人としてその所有権を承継取得したものであると主張し、控訴人は、被控訴人の右主張を争い、別紙図面記載の土地(以下これを本件係争地という)は、控訴人所有の前同所八、六五三番の六山林二反八畝二四歩の一部であると主張する。よつて案ずるに、

(1)  成立に争いのない乙第三、第四号証、甲第二、第四、第五号証、原審証人稲津優(第一回)、志賀辰雄、志賀イチ、伊藤孝徳、伊藤サイ、武藤ノブ、原審および当審証人斎藤和三郎、当審証人斎藤政雄の各証言、原審での被控訴本人(原審では第一ないし第三回)尋問の結果、原番検証の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(イ)  福島県安積郡湖南村大字福良字雷神下八、六五三番の六山林二反八畝二四歩(公簿上地積)は、もと山桑の生えていた国有地であつて、その地番、地目、反別は、右同所同番イ号六柴山三反歩であつたものを明治二九年七月二一日訴外武藤義右エ門が国から払い下げを受け、ついで明治三七年一二月六日訴外武藤義一が家督相続によつてその所有者となつたものであり、右義一は、右土地から遠隔の地に居住していた関係で右土地の管理を訴外斎藤和四郎に委せていたものであること。

(ロ)  被控訴人の父志賀類助は、本件係争地が自分の所有地でないことを知りながらその先代(被控訴人の祖父)に引き続きかねてから本件係争地に立ち入つてここの山桑を摘み取つていたものであるが、大正一〇年ころ右山桑を掘り除いてここに自分の杉苗を植え付けたこと。

(ハ)  前記和四郎は、類助とごく親しくしていた者であるが、同人は本件係争地を前記八、六五三番イ号六柴山の一部であるとしていたにかかわらず類助が本件係争地に前叙のようにして杉苗を植えたのを知りながらこれをとがめなかつたこと。

(ニ)  その後大正一五年一二月二四日類助が農林省(国)から前同所八、六五三番一八原野一五歩(公簿上地目、地積)を買い受け、昭和二年八月一三日その発記を了したこと。

(ホ)  昭和一〇年ころ和四郎は、前記八、六五三番イ号六の柴山に生えていた松の木を伐採した際本件係争地に生えているものも数本伐つたが類助はそれをとがめなかつたこと。

(ヘ)  昭和一三年一二月一〇日和四郎は前記義一から前記八、六五三番イ号六の柴山の贈与を受け、同年同月一三日売買名義で所有権取得登記を了したが、それと同時に右土地の地番、地目、反別の変更手続をとり、これを八、六五三番の六山林二反八畝二四歩(公簿上地積)としたこと。

(ト)  昭和一六年四月一二日和四郎は死亡し、訴外斎藤政雄が家督相続によつて右八、六五三番の六の山林の所有権を取得したこと。

(チ)  昭和二五年ころ類助は、人に問われて、前記八、六五三番の一八の土地は墓場の方かも知れないと話した事実があること。

(リ)  前記類助は、前叙認定のとおり大正一〇年ころ本件係争地に杉苗を植え付けていらい、これによる杉立木を自分のものとして時々本件係争地に赴いては下刈りなどをしてその手入れをし、これにつき、前記和四郎から異議をいわれたことは一度もなく、同人死亡後になつて前記政雄から本件係争地は杉立木を含めて同人の所有であるといわれるようになつたが、それを意に介せず、昭和三一年七月一二日死亡するに至るまで人にはばかるところなく右杉造林の育成ならびに管理を継続して本件係争山林を占有してきたこと。

(2)  原審証人伊藤サイ、志賀イチ、二瓶祐二郎の各証言および原審検証の結果によれば、本件係争地の南方徒歩で一〇分位のところにある通称雷神下墓地に接し、その北西部にある約一五坪の山林を類助がその生前に他から取得したことが認められる。なお類助が本件係争地の附近に本件係争地と右墓地近傍の約一五坪の山林以外に土地を所有していたことをうかがわせるような証拠はない。

(3)  本件係争地の実測面積が七畝二八歩あることは被控訴人が自ら主張するところであるが、仮に本件係争地を類助が農林省(国)から貰い受けた前記八、六五三番の一八原野一五歩(公薄上地目、地積)であるとすると、その実測地積が公簿上地積に比較して余りに広すぎるの感を免れない。他方原審証人桑名恒雄(第一回)および当審証人斎藤和三郎の各証言によると、前記八、六五三番の六山林二反八畝二四歩(公簿上地積)の実測地積、これに本件係争地を含ませなければほぼ二反歩であり、これに本件係争地を含ませればほぼ二反七畝となり、右公簿上地積に僅かに充たないことが認められる。

(4)  原審証人桑名恒雄(第二回)の証言により、福島地方法務局福良出張所備え付けの本件係争地附近の耕地図を正写したものと認められる乙第二号証によれば、右公図上八、六五三番の一八の山林は墳墓地の北側に接していて、その北方に位置する八、六五三番イ号六の柴山とは別筆の山林をはさんで相隔つていることが認められ、また同証人の証言により同法務局同出張所備え付けの本件係争地附近の山林地形図を正写したものと認められる乙第一号証と乙第二号証と対照しつつ検討すると右山林地形図上の八、六五三番の六は、本件係争地と推測される地域を含んでいることがうかがわれる。

以上(1) ないし(4) に認定した事実を総合すれば、本件係争地は、これを被控訴人の父類助が国から買い受けた前記八、六五三番の一八の土地と認めることはできず、かえつて本件係争地は前記八、六五三番の六の山林の一部であること、類助が国から買い受けた八、六五三番の一八の土地は前記雷神下墓地近傍の山林であることが認められる。原審証人志賀イチ、原審および当審での被控訴本人(原審では第一ないし第三回)の各供述中右認定とてい触する部分は、(1) ないし(4) で認定した事実に徴しこれを採用することはできず、そのほか右認定を覆すに足りる証拠はない。

つぎに本件係争地を類助が時効によつて取得し、それを被控訴人が相続によつて取得したものであるとの控訴人の主張について判断するに、すでに認定したように、類助が前記八六五三番の一八の土地を国から買い受けたのは同人が本件係争地に杉苗を植え付けた後であるから同人が右植え付けの際に本件係争地をば自己所有の前記八、六五三番の一八の土地と思いこんでいたということはあり得ず、前叙認定したところによれば、類助は本件係争地に杉苗を植え付けるについては前記八、六五三番の六の山林を管理していた前記斎藤和四郎から本件係争地を無償使用することを黙認されていた(このことから直ちに右和四郎が本件係争地を他人に無償使用させる権限を有していたことにならないことはいうまでもない)のではないかと推認され、したがつて少くとも本件係争地の地盤についていえば同人は所有の意思をもつてその占有を始めたものではないといわなければならず、その後、類助がこれにつき自分に占有をなさしめた者に対し所有の意思あることを表示したこと、もしくは新権原によつて更に所有の意思をもつて占有を始めたことについては被控訴人のなんら立証しないところである。したがつて本件係争地の地盤に関する限り、その余の判断をするまでもなく類助がこれを時効取得したものと認め得ないことは明らかであり、被控訴人の前記主張は採り得ない。しかしながら被控訴人の弁論の全趣旨によれば被控訴人の本件係争地の時効取得の主張の中には本件係争地上の杉立木のみについての時効取得の主張も含まれているものと認められるので、これについて考察するに、まず類助が他人の土地である本件係争地に杉苗を植え付けたのが権原によるものであることを被控訴人はなんら主張立証しないから、右杉苗の所有権は植え付けられると同時に本件係争地を含む前記八、六五三番の六(植え付けの当時は同番イ号六)の土地の所有権に附合したものといわなければならないのであるが、前叙認定したところによれば、類助は大正一〇年ころ本件係争地に杉苗を植え付けていらいその生長する杉立木を所有の意思をもつて平穏かつ公然と二〇年間以上占有したものといわなければならない。しかして他人の所有する土地に権原によらず自己所有の樹木を植え付けた者が植え付けの時から所有の意思をもつて平穏かつ公然と植え付けにかかる立木を二〇年間占有したときは植え付けの時にさかのぼつてその立木の所有権を時効により取得するものと解するのが相当である。けだし、他人所有の土地への樹木の植え付けが権原によつてなされたものであるときは、それによる立木の所有権は、植え付けた者に留保されるのであるから、右立木は、土地から独立した所有権の客体になり得るものであり、このような観点からすると前記のような立木のみについて取得時効の要件を充足した場合を、一筆の土地の平面的一部分について時効取得の要件を充足した場合――かかる場合当該一部分が時効取得されることは判例上確定した法理となつていること周知のとおりである――と別異に取り扱わなければならないほどの合理的理由は発見できないからである。その結果として他人所有の土地にこれを使用する権原のない者が立木を所有するという事態が生ずることになるが、かかる事態は他人所有の土地に権原によつて樹木を植え付けた者が後日になつてその権原を失つてしまつた場合にも生ずるところであつて、必ずしも民法の予測しないところではなく、それは立木所有者が土地所有者に立木収去義務を負うことによつて充分解決できることであるから右のような事態の生ずることは前記のように解するのを妨げる理由にはならない。はたしてそうとすれば、類助が、大正一〇年ころ本件係争地に杉苗を植え付けてから少くとも二〇年を経過した昭和二〇年末日には本件係争地の杉立木についての取得時効完成し、右植え付けの時にさかのぼつてその所有権を取得したものといわなければならない。しかして原審および当審証人伊藤久太郎、斎藤和三郎、当審証人斎藤政雄の各証言およびこれら証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五、第六号証(これら書証中官署の作成にかかる部分の成立については争いがない)、乙第一三号証乙第一四号証の一、二を総合すれば、前記斎藤政雄は昭和二五年七月一八日前記八、六五三番の六の山林を、本件係争地を除外して訴外伊藤久太郎に売却し、同年一一月二二日右久太郎は右山林のうち政雄から買い受けた部分を控訴人に売却し、これと同時に政雄から控訴人に対し本件係争地を、ここに生えている杉立木を除外して、売却したことが認められ、控訴人が前記八、六五三番の六の山林を、本件係争地上の杉立木を除外することなしに買い受けたものと認めるに足りる証拠はない。原審および当審での控訴本人(原審では第一ないし第三回)の供述中右認定に反する部分は措信し難いし、乙第六号証も前記証人らの証言に徴すると、控訴人が前記八、六五三番の六の山林全部を何らの除外なしに買い受けたことの認定資料とするには不充分である。そうとすれば、控訴人は、本件係争地の杉立木に関する限り、いまだ取引関係に入つたことのない者であり、前記類助に対し同人が時効により右杉立木の所有権を取得したことにつき有効な公示方法を欠いていることを主張する正当な利益を有する第三者に当らないものといわなければならない。したがつて類助は、控訴人に対し本件係争地の杉立木の所有権を時効取得したことを対抗できたものであり、昭和三一年七月一二日類助の死亡により相続によつて右杉立木の所有権を取得したこと弁論の全趣旨により明らかな被控訴人もまた右所有権取得を控訴人に対抗し得るものといわなければならない。しかして被控訴人は、本件係争山林の所有権確認請求において本件係争地上の杉立木の所有権確認だけでもこれを求める意思を有するものと推認されるところ、控訴人は右杉立木が被控訴人の所有であることを争つているから、被控訴人の本件係争山林所有権確認請求は、右杉立木の所有権確認を求める限度で理由あるものとして認容すべきであり、その余はもとより理由なく棄却を免れない。

二、つぎに、控訴人が昭和三二年七月一二日本件係争地上の杉立木六五本約五〇石を伐採したこと、それで被控訴人が翌一三日福島地方裁判所郡山支部の仮処分決定(昭和三二年(ヨ)第四五号)を得て右伐木に対する控訴人の占有を解き被控訴人の委任する同裁判所執行吏の保管に付したこと、その後同裁判所の換価命令により執行吏は右伐木を競売に付し、その売得金六八、〇八四円を福島地方法務局郡山支局に供託したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。控訴人の伐採にかかる右杉立木が被控訴人の所有であることはすでに認定したところから明らかである。そうとすれば被控訴人は、控訴人に対し所有権に基き控訴人の伐採、占有にかかる杉伐木の引渡を求める権利を有することは明らかであり、前叙の経過で右杉伐木が換価されて供託金に代つている以上、控訴人は被控訴人に対し右供託金を引渡す義務があるものといわなければならない。それ故被控訴人の控訴人に対する供託金引渡請求はこれを正当として認容すべきである。

三、以上のとおりであつて、原判決中被控訴人の本件係争地所有権確認請求を認容した部分は、当裁判所の判断と一部符合しないからこれを前叙判示のとおりに変更し、原判決中被控訴人の供託金引渡請求を認容した部分は相当であるから本件控訴中これに対する部分を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤規矩三 裁判官 桑原宗朝 裁判官 宮崎富哉)

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